ABCD学院 メールマガジン 2017年6月号

Communication: Information
英語は使わなくちゃ!

第4章 実事業の創立
1.概要
 設立から援助した会社は約500社に昇る。紙面の関係上、直接、経営をした
企業を下記に分け紹介する。
・資本主義化に関わるインフラの企業:
金融業:銀行、各種取引所(含む証券取引所)
保険業:火災、生命保険
陸・海運業:鉄道、地下鉄、汽船、築港
 土木、水道、電気、燃料:ガス、石炭、石油
・外国製品に替わる国産製品の製造会社:
 軽工業:綿紡績、絹織物、毛織物
 重工業用原材料:製鉄、鉄鋼
 化学品:肥料、薬品
 重工業:造船、汽車製造
・消費物品(含む食品):ビール、製糖、乳製品
・流通,サービス業:商社、ホテル、不動産、広告、デパート、通信、新聞、印
 刷
上記の内、直接関わった代表的な会社を紹介する。
栄一は一企業の経営者としては必ずしも卓越した経営者とは言えないが、日本の
産業全体の総合プレンナーであり、オーガナイザーと言える。

1873年(明治6年):栄一は大蔵省を退職する。
その後、前回までに述べた様に、軽工業を立ち上げる。

今月は先月に続いて今回も重工業(造船業)について述べます。

2.3 重工業(造船業)の育成

先月は日清戦争の影響についてこの業界への影響について述べます

2.3.2 日露戦争と産業界への影響
 その後(20世紀初め)日本は近代国家として成長しつつあり、日清戦争での勝
利によって、東アジアの主導権を握りつつあった。同時期に、ロシアは南下政策
を取り始め、このことは必然的に日本と衝突することとなった。日本は密かに、
その対決を覚悟していた。
明治36年(1903年):満洲からのロシア軍撤兵問題について、日露間の緊張が高
まった。
明治37年2月:日露間で、開戦となる。このとき、ロシアは世界最大の陸軍国で
あり、また、海軍も強大であった。日本は国運を賭け、かつ国力を総力を挙げて
戦い抜く覚悟と、力を貯める必要があった。
(この後、日ロ戦争から始まって、その後の日ロ関係を述べればエンドレスとな
り、この本題の首旨である渋沢から離れてしまうので、省略する。そして以降、
渋沢を社長とする東京石川島造船所に話を戻して述べる。)

1904年~1905(明治37年~38)日ロ戦争が開始されると、当然ながら、重工業や
鉄鉱業を中心として製鉄、造艦、造機が繁忙することとなった。
(日清戦争の頃はこれらの産業の能力が不十分であることが痛感せれ、前述(1
0.4章)の通り、清国の賠償金で、主に鉄鋼業を強化させ、また造船は一部で
はあるが海軍が軍艦を増強した。)
渋沢会長の引退と芝浦製作所との生産分野の調整、日ロ戦争後の東京石川島造船
所は電機、船舶機関、橋梁鉄骨などを中心に好調を続けた。


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